キモブロ

Please spy check please, Fucking retard

映画「Les Miserables」見た感想 #1

ネタバレあり

神映画だった。開始10分が経過してから最後までずっと感情に訴えかけるシーンの連続だった。なぜそうなったかというとたぶん撮影方法に答えがある。この映画はいわゆるミュージカルが原作の映画なので、基本的にすべての会話が歌になっている。ふつうのミュージカル映画は口パクで撮影して、あとで音声を合わせるらしいんだけど、このLes Miserablesは役者が生で歌っているらしい。たぶんそういうのが感情に訴えかけてきてる理由だと思う。感情と表情のリアリティがある。

ストーリーは、男がたった一つのパンを盗んだことがきっかけに始まるいわゆるフランス革命をテーマにした作品。だれもが歴史書で学んだことがある事件。予告動画を見ていた感じ、コゼットとマリアスの恋愛を主題とした作品なのかなと思っていたが実際には違った。この映画もニューシネマパラダイスや、フォレストガンプみたいに長い人間の人生というものを描いた映画だった。


まずタイトルのles miserablesとはフランス語で不幸という意味であるらしい。lesがtheなので、"the 不幸"

この物語には不幸な人々が登場する。
まずファンティーヌ、夏に男が現れ秋に捨てられ子供を身ごもり職もなく子供を養うために髪を売り、歯を売り、あげく病死する。
エポニーヌは家族で共謀して盗みを働き、自身は売春をし、最後に革命の騒動の中で愛するものを守るために死ぬ。

視聴者を苛立たせるであろうテナルディエ夫妻は、宿に来た金持ちから盗める限り盗みを働く。子供が病気と平気で嘘を言い乞食をする。夜に他者の家に忍び込み窃盗をする。なぜテナルディエ夫妻がこうした悪行を働いているのか、ここが重要だ。この街で不幸になっている人々はすべて政府とそれによる貧困が原因なのだ。

ファンティーヌは職がなかった。豪華な生活をしていたエポニーヌとテナルディエ夫妻ですらも時を経て貧困になった。テナルディエ夫妻は、裕福なときは宿に来た金持ちからだけ窃盗していたのに、時を経て物語の後半では空き巣をして金を稼ぐようになった。見た目も薄汚れて汚くなった。ジャンバルジャンが再訪した時にはこっそり窃盗をするのではなくもはや暴力的に金を奪おうとした。その夫妻から寵愛されていた愛娘、エポニーヌですらも暴力を振るわれるようになった。

ジャベール警部は正しき道を信じ、法を厳格にまもり生きるが、悪魔だと思い追跡をしていた法を犯した者、ジャンバルジャンに命を助けられる。その後、ジャンバルジャンが実は天使のような存在だったのではないかと葛藤をする。最後に、ジャンバルジャンが天使や神だったのだということに気づくが、しかしそうであったとすれば自身が信じてきた法や秩序を守る正しき世界が成立しなくなってしまう。だから自ら橋から飛び降り死ぬことによって、ジャンバルジャンが「私を殺した」悪魔だったということにするために自殺をする。法を忠実に守った誠実なジャベール警部ですらも不幸な最後を遂げてしまった。誰が悪いのか。それは柔軟性のない法である。柔軟性のない法によって殺されてしまった。

この物語は、不幸の原因を提示、そして革命を視聴者に呼びかけるものであり、人々に起ち上がれというユーゴー自身の思いを伝えるための物語だった。だから物語は"革命の歌"で終わる。この物語を見た人間たちよ、立ち上がれということである。腐った政府を討伐するために立ち上がれ。そういう作品だった。

#2につづく。(予定)